この話は私が高校3年生の夏。 夜の一般道、若さゆえの暴走と、限界を超えたスピード。 その代償は、あまりにも大きく、そして一瞬でした。
カーブを曲がりきれず、スローモーションのように引き伸ばされた時間の中で、私は死を覚悟しました。
目が覚めたのは、季節が変わった4週間後。そのとき知ったのは、骨が飛び出した身体と、突きつけられた「植物人間になる一歩手前だった」という事実。
この記事は、あの日、生と死の境界線を彷徨い、地獄のようなリハビリを経て日常に戻ってくるまでの、私の実体験です。
砕け散った器、夢の中で見た地下への入り口、そして私を現世へ押し戻した見えない力。 空白の夏に起きた、奇跡の記録をここに綴ります。

第一章:スローモーションの夜
高校3年生の夏休み、8月。 夜の帳が下りた夏の宵。湿った風には、
昼間の太陽に焼かれたアスファルトの匂いと、草いきれが混じっていた。
私は友人と2台、バイクに跨り夜の一般道を走っていた。
エンジンの振動が太ももから全身へと伝わり、ヘルメットの隙間から生温かい風が入り込む。
視界の端で、街灯の光が流星のように後ろへ飛び去っていく。 若さとは、時に無謀さと同義だ。
アクセルを回す手首の動きひとつで、景色が置き去りになる感覚。 その万能感に酔いしれ、
スピードメーターの針は跳ね上がっていた。
ヘルメットの中は、エンジンの轟音で満たされているはずなのに、
不思議と静かだった。ただ、目の前の闇を切り裂くことだけに集中していた。
前方に、緩やかな左カーブが見えた。 いつもなら何気なく曲がれるはずのその角度が、
その速度域では、黒い壁のように立ちはだかる「絶望的な鋭角」に見えた。 車体を倒し込む。
タイヤが悲鳴を上げる。
「あ、曲がりきれない」
そう脳が認識した刹那、世界は唐突にその物理法則を変えた。
私の意識の中で、時間の流れが極端に引き伸ばされた。スローモーション映画のコマ送りのように、
景色がゆっくりと流れていく。 風の音も、エンジンの音も、フツリと消えた。完全な静寂が訪れた。
転倒するまでのコンマ数秒の間、私の脳内は驚くほどクリアで、そして饒舌だった。
視界には、傾いていくバイクの計器類の数字、ヘッドライトに照らされたアスファルトのひび割れ、
道端の雑草の一本一本までもが、ハイビジョン映像のように鮮明に焼き付いている。

「あれ、世界がゆっくりだな?」
まるでガラス越しに他人事を見ているような感想が浮かぶ。
「これ、事故を起こすのか?」 「やばい、学校どうしよう。夏休み明け、行けないな」
留年の心配をしたすぐ隣で、
「このまま転ぶと……俺、死ぬのか……?」
という根源的な問いが、感情の乗らない文字列として淡々と並列された。
地面が、顔の目の前数センチまで迫る。 その静寂のような時間は、永遠に続くかと思われた。
ドオンッ!!
不意に世界が暴力的な速度と、爆音を取り戻した。 全身をハンマーで殴られたような衝撃。
私はバイクから放り出され、火花と共にアスファルトの上を滑り、対向車線まで弾き飛ばされた。
鼻をつくのは、タイヤの焦げる臭いと、ガソリンの臭気、そして鉄の匂い。
幸いにも対向車は来ていなかった。もし来ていたら、私はその場で肉塊になっていただろう。

倒れ込んだ私のすぐ脇を、爆音と共に何かが猛スピードで駆け抜けていった。
一緒に走っていた友人のバイクだ。
彼は私の転倒に気づき、とっさにハンドルを切って避けていったのだ。
もし彼が私に突っ込んでいたら……想像するだけで背筋が凍る。
野次馬が集まってくる気配がする。
「おい!大丈夫か!」「救急車!」
喧騒の中で、意識が遠のく私に近づく人影があった。
「大丈夫か! しっかりしろ! 動くなよ!」
混乱する現場を切り裂くような、太く、落ち着き払った声。 その誰かは私の身体に触れ、
脈を取り、的確な処置をしているようだった。
その、ただの野次馬とは違う掌(てのひら)の体温だけが、
遠のく世界の中で唯一の「生」の感触だった。
右足に焼けるような熱さを感じながら、視界の隅から色が失われていく。
まるでテレビの電源を切るように、私の意識はプツンと途切れ、深い闇の底へと沈んでいった。

2章へ続く
